教師として児童養護施設で暮らす子どもと関わることになったけれど、どのように関わればいいかわからない…
そんな方に向けて、児童養護施設で暮らした経験を持ち、そのことで学校でモヤモヤを感じた経験を持つという田邉紀華さんに、先生にどのように関わってほしかったかを聞いてみることにしました。
「かわいそう」ではなく、一人の人間として、知ろうとしてほしい。そんな田邉さんの声は、教育に関わる方のヒントになるはずです。
田邉紀華さんのプロフィール
1994年12月18日生まれ
9歳から18歳まで鹿児島県の児童養護施設で育つ。専門学校を卒業後、柔道整復師、保育士を取得。現在は放課後等デイサービス(障がい児通所支援事業)に勤務しながら、「International Foster Care Alliance(IFCA)※」に所属し当事者ユースとして活動中。自身の経験から『児童福祉×障がい福祉のハザマをなくす』をテーマに、社会的養護における障がい福祉サービスの利用状況について調査をしている。
※IFCA…アメリカと日本に支部を持つ、互いに交流・制度を学ぶことで自分たちの声を政策やケアに参画させることを目指す社会的養護の当事者団体
(聞き手 / 田中れいか)
施設が地域にひらかれていた
ー田邉さんは小学校3年生で児童養護施設に入ったということですが、小学生のときはどんな子どもだったんですか?
田邉:部活を始めるまで、まったく自分に自信がなくて。「なにを考えてるのかわからない子」ってずっと言われてました。外に出るのがすごく嫌で、施設の図書室でずっと本を読んだり、部屋でゲームをしたりしてましたね。
ー友達を施設に呼ぶことはなかったんですか?
田邉:小学校6年生のころまでは、施設がけっこう地域に開かれていて、友達が遊びに来たりしていました。
うちの施設では毎年冬にクリスマス会をやっていたんですが、その時に担任の先生を招待する機会があったりしたので、学校の先生にも「施設はこんなところ」みたいなイメージがあったと思います。
そういう取り組みもあって、施設にいることが知られることがいやだとはそんなに思わなかったです。その頃の経験があるので、今でも施設についてなんとなくのイメージで語るんじゃなく、実際に訪れて欲しいなって思う部分がありますね。
施設にいることを話せなくなった
田邉:でも、中学校に進学してから生徒数が多くなったんです。たしか全校生徒1,000人弱以上で、一学年でおよそ300人弱〜400人くらい。学年には同じ小学校から上がった子が3割ぐらいで、他の小学校からの子が7割くらいいました。そうすると、その7割の人たちって施設のことを知らないんですよ。
同学年に6人ぐらい、同じ施設から通っていた子がいたんです。1年生のとき、そのうちの一人が自分の生い立ちをクラス内でポロッと話したみたいで。その子はたしか、お母さんがいない子だったんですけど、いじりやすいタイプだったこともあってか、「お母さんに会わせてください〜」ってからかわれる、みたいないじりがはじまって。結局その子は泣いちゃって…
ーそれはその子にとって、一生記憶に残る経験になっているかもしれませんね…
田邉:はい。きっと「なんで施設にいるの?」みたいな話から始まって、お母さんがいないことを知られて、いじられたんじゃないのかなと思ったので、わたしは施設にいることを他の人に話さないようになりました。
ー「何気なく話したら、いじられる」みたいな気持ちがあったんですね。
田邉:そうですね。実際に、「あそこの施設に住んでいる子はまともな子がいないよ」って、同級生に平気で言われるようなこともあったので、なおさら。「施設に住んでるって言ったら、まともじゃないと思われてしまうのか」って、思うようになりました。
小学校では、施設にいるからといっていじられることなんてまったくなかったので、そういう扱いを受けるんだっていうことがすごいショックで…。
ー田邉さん自身は、中学校の友達に施設に住んでいるとを伝えたことはありますか?
田邉:クラスの本当に仲いい友達には言ってました。一緒に遊んでいても、すごく早くに帰らなきゃいけないので、「施設に門限があって、遅れると次遊びに行けないかもしれない」っていうと「そうなんだ、じゃあ早く帰ろう」みたいな。あと、部活の人はみんな知ってましたね。部活の同級生や先輩と一緒に帰ることもあったので。
ー「施設にいる」ということを初めて打ち明けた時、友達の反応は覚えてますか?
田邉:はっきりとは覚えてないですけど、「そうなんだ〜」って受け入れてくれたと思います。あと「ルールが多くて大変そうだね」って言われた記憶はありますね。
ーそうやって理解を示してくれる友達もいたけれど、やっぱり言えない人もいたと。
田邉:そうですね。部活の朝練があるときは登校中にそんなに人と会わないからいいんですけど、部活が休みの日は制服で施設に入るところを見られると住んでることがバレるから、施設のまわりを一周まわって、人がいないの確認しながら帰る…っていうこともしていました。
先生が好きになれなかった
ー先生には施設の話はしましたか?
田邉:中学のときはあまり話した経験がないですね。施設に入る前から、大人に対する不信感があったので。それが先生に対しても反映されているかなと思います。
ー大人に対する不信感?
田邉:入所措置前に、叔父の家で2ヶ月ぐらい生活してた期間があったんです。でも、叔父は「自分は育てられないから」っていって、児童相談所に連れて行かれて。その段階で、大人への不信感が芽生えていました。
叔父の年齢と学校の先生の年齢が同じぐらいだったのもあるのかもしれないですけど、なんか学校の先生が好きになれなかったですね。
ー学校の先生とのエピソードで印象に残っていることはありますか?
田邉:中学生のとき、先生に「田邉さんは施設で育ったふうに見えないね」みたいなことを言われたんです。それってどういうことだろう? と思ったことはありますね。
たぶん、施設の子は暗そうとか悩んでそうとか、そういうイメージを持たれていたんだと思います。でも、わたしがそこまで悩んでるふうに見えなかったから、「そういうふうに見えない」って言ったのかなって。
ー先生は褒めようとして「そういうふうに見えない」って伝えたのかもしれないですが、その言葉には先生の児童養護施設に対する偏見が詰まっている気がしますね。
田邉:そうですね。だから、違和感を感じてしまったのを覚えています。
「ちゃんと見てくれてるんだな」と思える先生もいた
ー逆に、理解してくれる大人との出会いはありましたか?
田邉:高校1年生のときの担任は、わりと好きでした。先生に施設の話をしたら「おぉ〜、すごいな。苦労して頑張ってきたんだね」って言ってくれて。そのときは、先生に認められたみたいでうれしかったです。残念ながらその先生は、1年でクラスが変わっちゃったんですけど。
ー以前お話を聞かせてくれたときに、部活の顧問の先生が練習試合で紹介してくれたって言ってましたね。
田邉:あぁ、それは中学校の頃です。わたしはハンドボール部だったんですけど、顧問が40代くらいの、めちゃくちゃ怖い先生で。その先生は本当に生徒のことをよく見てる方で、施設のクリスマス会にも来てくれていました。
わたしが中学3年生の時に、その先生は高校にうつったんですけど、そこでもハンドボール部の顧問になったみたいで。わたしも高校でもハンドボールを続けていたので、試合に行くと絶対会うんです。
そしたら、自分の高校の生徒を呼んできて、わたしのことを「こいつ、頑張ってるんだよ。自分で弁当をつくって洗濯をして、自分のことは自分でやってるすごいやつなんだ」って紹介してくれて。当時は恥ずかしかったですけど、「ちゃんと見てくれてるんだな」と思って、すごくうれしかったですね。
ーまったく知り合いでもない、自分の高校の生徒に紹介するっていうのは、すごいことですね。
田邉:そうですね。決して「施設に入ってる子」と言わずに、「頑張ってる子」っていう言い方をしてくださったのが、印象的でしたね。
「かわいそう」ではなく、ちゃんと知って欲しい
ーこの記事は先生として働いている方も読むと思うんですが、施設に住んでいる生徒にどうやって向き合えばいいか、悩んでいる人も多いはずです。学校の先生に、どんなふうに関わってもらえたらよかったと思いますか?
田邉:学校には施設のことについて知らない人がたくさんいたから、施設のことについて教える授業があったら、悪質ないじりはなかったかもしれません。
あと、わたしは自分から先生に話せるタイプじゃなかったので、先生から声をかけて、話を聞いてくれる機会があったらうれしかったな、と思います。
田邉:それと、特別扱いしてほしいとは今も当時も思ってないです。「施設にいるように見えない」とかではなくて、「施設も、たくさんあるおうちの形のなかのひとつである」っていうことを、ちゃんとわかってもらえるといいなと思いますね。
特別扱いされるのはあんまりだけど、「施設には何人ぐらいで住んでるの?」とか「担当の職員のことは何て呼んでるの?」とか、自分のことを知ろうとしてくれてる質問をしてもらえるのはいい気がしますね。
ー特別扱いせず、ちゃんと知って欲しいという気持ちがあるんですね。
田邉:そうですね。学校って、一番目立つ生徒に目が集中しやすいじゃないですか。それによって、目立たない子は見逃されてしまう。
だから、わたしが話さないでいても、「施設にいる子だから暗くて、悩みを抱えてるんだな」って思われていた気がして。わたし自身もそれに対して、わかってもらえるとも思ってなかったので、あきらめていたところはあったかもしれないですけど。
大人は大人の思いこみで子どもを見ているかもしれないですけど、そうじゃなくて、同じ目線に立ってひとりの生徒を見たり、知ろうとしたりしてくれたらいいなと思います。
ー大人が施設に対する思い込みがあると、子どもから話すのはむずかしくなってしまいそうですよね。
田邉:はい。なので、先生が抱いている児童養護施設のイメージをアップデートしていってほしいです。実際に施設に行くのが難しかったら、ネットや本で調べてみるとか。今はこれまでより情報も集めやすくなっていると思うので。
ー最後に、学校の先生に対して何か伝えたいことはありますか?
田邉:何気なく生い立ちを話したとき、「かわいそう」って言われることが多くて。でも、これまでのいろんな経験を一言にまとめて「かわいそう」っていう言葉で返されるのが、好きじゃないなんです。
施設で育った子が、決して「かわいそう」なわけではないっていうことを、わかってほしいなと思いますね。
(聞き手 / 田中れいか、写真 / 影丘道、編集 / 山中康司)