「児童養護施設=スマホが持てない」。そんな空気を大きく変えたのは、令和4年10月28日に厚生労働省が事務連絡として公開した文書でした。
携帯電話等の端末代や通信料について、措置費として支弁して差し支えない
都道府県向けに配信された事務連絡のため、通知は非公開
参考情報は〈こちら〉
私が児童養護施設で生活をしていた頃は、高校生になったらアルバイトを始めて、貯めたお金を原資にスマートホンを契約をするのが通例。部活動や障害を理由にアルバイトができない子は持てないようになっていました。
ただ、こうして事務連絡が発令されたものの、スマートホンを持てずに高校生活を送っている子どもたちがいます。
今回は社会的養護の子どもたちにスマートホンを無償で貸し出している〈スマホ里親ドットネット〉さんご協力のもと、実際にスマートホンを使ったひかりさんにインタビューをしました。
「あったほうがというか、あるべき」。
大学生になって念願のiPhoneを契約したひかりさんに、スマホを借りた当時のことを振り返ってもらいました。
ひかりさんのプロフィール
親元を離れて社会的養護の施設で生活をしている大学1年生。
施設で生活を始めてからスマサトを利用し、貯めたお金で念願のiPhoneを契約。これまで借りていたスマホを返却し、大学とアルバイトの両立を頑張っている18歳。
NPO法人スマホ里親ドットネットについて
スマートホンは今や持っていて当たり前。遊びも就活もスマートホンなしではできません。その一方で、児童養護施設で暮らす子どもの30.7%はスマートホンを所持しておらず、社会的養護のもとで生活している子どもたちの中にはさまざまな理由でスマートホンを持てない現状があることがわかってきました。
「スマホ里親ドットネット」は、社会的養護のもとで暮らす子どもたちもスマートホンを当たり前に持てるよう、スマホ里親と共に子どもたちをサポートします。
※スマートホン貸し出しの対象は児童養護施設、自立援助ホーム、児童心理治療施設、児童自立支援施設、里親家庭、ファミリーホーム
(聞き手:NPO法人スマホ里親ドットネット藤堂智典 / 執筆:田中れいか)
「ひかりちゃんもどう?」施設で広がるスマサトの輪
―スマホを借りたのは施設に来てどれくらいだった?
ひかりさん(以下、ひかり):ここに来てから2ヶ月ぐらいだったと思います。スマホをもってない間は友達に「ちょっと壊れたんだ」とか適当に言ってました。
授業中にスマホを使えない学校だったのと、学校が終わった瞬間すぐに帰っていたので、あまり友達に言わないで過ごしていました。ここにくるまでは「家に帰りたい」と思ったことがなかったので、そこは大きかったかな。持っていない期間が短かったので、その間に困ったということは思いつかないです。
ある時、友達に「家じゃなくて施設で暮らしてるんだけど、連絡先交換しよ」って言ったら「オッケー」って言ってくれて。その時は周りの友達に助けられました。基本、そんなに隠さないタイプかな。
―スマサトのことって、どうやって知ったんだっけ?
ひかり:同じ施設の子が知ってて「ひかりちゃんもどう?」って言われたのが最初だと思います。それまでは、他の子みたいに買わないといけないのかなって思ってたので「いいじゃん」って思いました。お金を払わなくていいし、自分の負担が減るから。こういうのがあるなら使おうって。
親の養育方針「SMSだけ入っていればいい」
―最初に貸し出していたスマホは6ギガで、今は20ギガに変えたけど、スマホ使ってて困ったこととかある?
ひかり: ないです、ないです。
スマサトは最初6ギガだったけど、動画を保存したり、画面録画をして音楽を聴いたり、6ギガでも私にとっては十分でした。
―思い出した!他の子は6ギガで「全然足りない!」「すぐ止まる!」って感じだったのに、ひかりさんだけは6ギガで喜んでくれたんだよね。
ひかり:親が「スマホは1ギガでいいんだ」っていう人で。LINEやSNSは「情報を盗られるからダメだ!SMSだけ入ってればいい」って言ってて。
だから、小学校の時は防犯ブザー付きのこども携帯を持っていました。電話だけできるやつ。よく失くしてたんですけどね。
それで高校生になってから「スタディサプリを入れないといけない」って学校から言われて、親がスマホを買ってくれました。「スマホなんていらない」っていう人だったので、そのアプリがなかったらスマホを持たせてもらえなかったと思います。
で、このスマホが1ギガで。
こういう経験があって、ギガ数とか気にしたことがなくて。私もSMSさえ入ってればいいみたいな感じでした。
将来は不安。でも先回りして考えるのが楽しい。
―今は大学で日本語の勉強をしているんだよね。
ひかり:はい、そうです。
今は日本語を外国語として捉える授業を受けています。文法や日本語の研究とか。正しい日本語って日本人でも間違って使ってることが多くて、留学生のほうが正しい日本語を使ってたりするんですよ。私は特に「れる・られる」が苦手です。
その学びを踏まえて、まだ決まってないんですけど、将来は外国と日本をつなぐ仕事がしたいなと思っています。ただ、例えばですけど、看護師なら年収はこれぐらいとか出てくるけど、進路がざっくりしてるから調べても仕事が出でこなくて悩んでます。
あとは、これから先って仕事がどんどん減っていくじゃないですか。年金も少ないし。だから、仕事を辞めたとしても大丈夫な状態になりたくて。でもそれが見つからなくて、最近はもうどうしようってずっと考えてます。
―今は強烈なライバルChatGPTとかあるもんね。これだけ考えてるってすごいよ。今はどんなアルバイトをしているんだっけ?
ひかり:今は飲食店で働いています。すごい楽しいです。
単価の安いお店なんですけど、赤ちゃんとか家族連れが多いじゃないですか。それを見て、子ども用の椅子を自分で届けに行ったりとか気遣うのが楽しい。気遣うのが楽しいというか、先回りして考えるのが楽しいかなあ。
でも最近はちょっとサボっちゃってて。環境が良すぎて、自分はここにいていいのかなとか思って、リビングで泣いた時もありました。店長に辞めますって言ったんですけど「辞めないで」って言われて。今は就職できなかったら、ここで働こうって思ってます。
―そうだったのか。そのバイト代で念願のiPhoneをゲットして本当にすごい。このスマホを返却しようって思ったのはどうしてなのかな?
ひかり:TikTokを見てたら反応が遅くて。やっと動いたって思いきや、アプリが落ちちゃって。自分がTikTokを見なければ使えるんですけど、見たいじゃないですか?
あとは大学の調べ物でレスポンスが遅いと欠席になるので、速いほうがいいかなと思って。それをするなら使い慣れているiPhoneがいいなと思ってiPhoneにしました。これは6月から使ってます。
―こういう制度はこれからもあったほうがいいかな?
ひかり:あったほうがいいです。自分も稼いだらこういうところに支援したいなって考えていて。あったほうがというか、あるべき。
ここは充実しているじゃないですか。児童相談所の人も恵まれてるって言ってて。他のところを考えるとスマホのお金を出してくれてないとかあるからやっぱり必要ですよね。
ひかりさんはスマートホン返却の書類を書きながら、端末の初期化をしながら、初対面の私たちに笑顔を交えて大学生活のことや将来のことを話してくれました。
「大学の友達と連絡先を交換するけど、授業ごとに人が違うから全く覚えられない。」
「友達がディズニーランド行ってるんだけど私も行きたい。」
「田中さんのこと調べてみます!」
会話のなかで見落としがちな何気ない一言を分解していくと、そこには友達や家族と繋がっているスマートホンの存在がある。
この「あたりまえ」を一人でも多くの子達に届けたい。
実際にスマートホンを利用しているひかりさんと出会って、その思いが強くなった。
(聞き手:NPO法人スマホ里親ドットネット藤堂智典 / 執筆:田中れいか)