2025年2月10日、京都府京都市のQUEUTIONにて、社会福祉法人みねやま福祉会主催のイベント 「虐待のない社会を共に創造したい」 が開催されました。
当日は、社会的養護に関心を持つ学生や、将来こどもに関わる仕事を目指す方々など約20名が参加。京都府内の児童養護施設で働く職員のみなさんとともに、社会的養護の現場で起きている課題や、こどもたちと向き合う日々の実践について考える時間となりました。
前編では、現場職員6年目の山崎ちゃんを中心に、こどもたちの行動の背景にあるトラウマや愛着の問題、そして職員が抱える無力感や葛藤に目を向けます。
そうした対話のなかで浮かび上がったのが、「職員はこどもにとってどんな存在なのか」という問いです。アタッチメント形成やライフストーリーワークを手がかりに、家族とは違う立場で信頼を育む「山崎ちゃん枠」とも言える関係性の大切さを掘り下げます。
▷後編:「生活が与えるケア」を語る|京都開催「虐待のない社会を共に創造したい」イベントレポート
●司会:櫛田啓(くしだ たすく)
社会福祉法人みねやま福祉会 理事長
京都府京丹後市峰山町出身。学生時代の夢はプロサッカー選手。祖父が創設した法人を継ぎ、地域課題を解決するためのまちづくりにも積極的にかかわっている。
●山崎ちゃん
京都府舞鶴市出身。児童養護施設てらす峰夢で働く保育士。今年で6年目となりユニットリーダーを務める。担当ホームは「つみきの家(女児6名定員のホーム)」。こどもたちからヤマザキちゃんの愛称で親しまれている。
●田中れいか
7歳から18歳まで東京都世田谷区の児童養護施設で育つ。ミス・ユニバース2018茨城大会準グランプリ受賞をきっかけに、社会的養育の理解を広げる活動を開始。現在は「田中れいかのレコメン!リアルボイス」(文化放送)パーソナリティとして、若い世代の声に寄り添っている。。
(執筆:田中れいか/カメラマン:まちとしごと総合研究所)
現場職員6年目
こどもの成長を支えるやりがいとは?

櫛田:まずは実際に働いている山崎さんから、この仕事のやりがいを聞かせていただけますでしょうか?
山崎ちゃん :私自身が感じているやりがいは大きく2つあります。一つ目はこどもの成長を間近で感じられるところ。二つ目はこどもたちにとって特別な存在になれるというところです。
成長の変化がわかる瞬間は本当に嬉しいですね。例えば、身なりを整えるということを知らなかったこどもが、今ではメイクをしてアイロンもしないと外に出られなくなったり、カップ麺やおやつばかり食べていた子が、今では1人で春巻きを作れるようになって、みんなの分も作ってくれたこともありました。
また、感情面の成長も大きなやりがいのひとつです。それまでは「学校どうだった?」って聞いても「は、知らん」と素っ気なく答えていたこどもが、今では「今日はこういうことがあって」って、1時間以上も話すようになったこともあります。こうした変化を見守れることが、この仕事の魅力ですね。
二つ目のやりがいは、こどもたちにとっての特別な存在になれることです。「山崎ちゃんに話を聞いてほしい」とか、「山崎ちゃんだったら、これ言われても許せるわ」と言われたりするのですが、そういった言葉の節々からこどもたちとの信頼関係が構築できていることを実感します。
現場で感じる困難と、職員が抱える葛藤

櫛田 :つづいて、現場で感じている困難な点について教えてもらえますか?
山崎ちゃん :第一部の講義で、虐待がこどもたちの脳や心に与える影響について学びました。その話を聞きながら、日々向き合っているこどもたちの姿が自然と思い浮かびました。
こどもたちが抱える背景はとても深く、複雑です。愛着やトラウマ、虐待の影響、発達の特性など、さまざまな要因が重なり合い、現れる困難さも大きくなります。その分、関わる職員の葛藤も増していきます。
そうした状況の中で、職員が無力感を抱えたり、「自分に何ができるのだろう」と悩んだりする場面は少なくありません。私自身も、現場で同じような感情を抱いた経験があります。
現在はリーダーとして、後輩職員のそうした悩みにどう寄り添い、どんな声をかけ、どのようにフォローしながらチームとして支えるのか、その具体的な関わりかたを模索しています。一人で抱え込ませないこと、悩みを共有できる関係性をつくることの大切さを日々感じています。
また、こうした複雑な背景を持つこどもたちに関わるうえでは、専門的な知識を学び続けることが不可欠だとも痛感しています。知識があることで見えること、できる対応が確かにあり、これは現場が直面している課題のリアルな一面だと感じています。
「想い」だけでは届かなかった経験と、理論との出会い

櫛田:そういえば、山崎さんが担当していたお子さんの中で、特に支援が必要なお子さんがいましたよね。その子との関わりを通してどんなことを学びましたか?
山崎ちゃん :最初は「どうしてこういう行動をとるんだろう?」と戸惑い、こどもへの「想い」だけでかかわっていました。想いは大切ですが、それだけだと見えないものがあると気づいたんです。
その子との関わりを振り返りながら勉強を重ねるうちに、「これは発達の特性かもしれない」「この反応はトラウマの影響かもしれない」と捉えられるようになりました。理論を知ることで、こどもの行動の背景が見え、関わりの選択肢が広がっていきました。
私自身も「自分には何ができるんだろう」と無力感を抱いたことがありますが、その葛藤を支えてくれたのが専門的な知識でした。実践と理論が少しずつ結びついていく感覚があったんです。
その変化は、職員会議の場にも表れていきました。以前は、「どうしたらいいかわからない」「また同じことが起きてしまった」という戸惑いが中心になることもありました。しかし今は、「この行動の背景には何があるのだろう」「理論的にはこんな視点もあるかもしれない」と問いを立てながら話し合えるようになっています。
一人で抱えていた悩みをチームで言葉にし、理論を手がかりに支援の選択肢を広げていく。そんな会議の積み重ねが、現場を少しずつ支えていると感じています。
職員は親代わりなのか?
アタッチメント理論から考える関係性

櫛田:こどもから見て、職員さんはどんな存在なのでしょうか?
田中:最近『大きな家』という映画を観ました。この映画は、児童養護施設で暮らすこどもたちが顔出しで登場し、率直な声を語っている作品です。
その中で印象的だったのは、「職員は職員であって、家族ではない」とはっきり語っていたことでした。私自身も施設で育ったので、その感覚には強く共感しました。
山崎ちゃん:実際に、「授業参観には来てほしくない」と言う子もいます。私自身も、家族ではないけれど、まったくの他人でもない。その絶妙な距離感をどう保つかは、いつも考えています。だから私は、「山崎ちゃん」という枠の中で関わっている感覚なんです。
田中:その「山崎ちゃん枠」は、とても大切だと思います。施設の中には、「職員が親代わりにならなければ」と考えるところもあります。もちろん、それが事態が間違っているわけではありませんが、こどもたちは「この人は私の親ではない」ということを、理解しているんですよね。だからこそ、「家族ではないけど、あなたを大切に思っている」という立ち位置の大人がいることが重要なのだと思います。

櫛田:以前は「施設でアタッチメントを築くのは難しいのではないか」と感じていました。でも、ある理論に出会って腑に落ちたことがあります。
それは、アタッチメントの本来の対象は「親」である、という考え方です。施設にいるこどもたちとっても、原家族との関係性は、どこまでいっても人生の中心にある。
そう考えると、僕たちの役割は、親の代わりになることではなく、原家族との関係をどう橋渡しするかにあるのではないか。その橋渡しを担う存在が「山崎ちゃん」だとすると、こどもは「自分の大切な関係をつないでくれる人」と認識できるようになります。
その結果として、職員がこどもにとっての新たな信頼対象になっていく。そう考えると、「山崎ちゃん」というポジションがいかに重要か、改めて実感しますね。
家族とは違う「山崎ちゃん枠」という存在

田中:先ほど「原家族との橋渡し」という話がありましたが、近年は「ライフストーリーワーク」や「家庭支援専門相談員」といった視点も広がってきました。ただ、私が過ごしていた当時の施設では、こうした取り組みはほとんどありませんでした。
18歳で施設を出たあとに「ライフストーリーワーク」という考え方を知り、「自分のことを自分が知ることは、大切な権利なのだ」と気づかされました。そこから、施設の職員や母に、自分の生い立ちについて尋ねるようになりました。
けれど、ルーツを探ることには負荷も伴います。知ることで傷つくこともあるし、知らないままだと理由のわからない不安を抱え続けることもある。だからこそ、「誰に話すのか」がとても重要なのだと思います。
家族とは違う立場で、日々の生活を共にしてきた職員だからこそ話せることがある。その存在が、いわば「山崎ちゃん枠」なのだと思います。
山崎ちゃん:そう言っていただけて嬉しいです。
櫛田:てらす峰夢では「ライフストーリーワーク係」を中心に、生い立ちの整理に取り組んでいます。こどもが「知りたい」と思ったときに、できるだけタイムリーに応えられるよう、「その子が今、何を知りたいのか」をチームで共有し、事前に情報を整理しています。目標は、「1週間以内に応えること」です。
そうした体制を整えるようになった背景には、過去の反省があります。以前、僕自身も「知りたい」と言われてからすぐに答えられなかった経験があります。例えば、こどもの疑問に対して「ちょっと待ってね」と言い、そこからいろいろ調べてソーシャルワーカーに確認を取り、保護者とも調整して…とやっているうちに、結局1ヶ月ほどかかってしまいました。
でも、その頃には、こどもの「知りたい」という気持ちが薄れてしまったり、タイミングを逃してしまったりすることもあるんですよね。だからこそ、こどもが声をあげたその瞬間を逃さないための準備が必要だと、強く感じています。
信頼を支える、日常という土台

櫛田:それでは、時間の関係ですべての質問にお答えはできませんでしたが、ここでトークセッションを締めくくりたいと思います。最後に、お二人から一言ずつお願いします。
山崎ちゃん:日々こどもたちと生活していると、どうしても行動や課題に目が向きがちです。でも、今日のトークセッションを通して、「何気ない日常の積み重ね」こそが、こどもたちの安心や信頼につながっているのだと改めて感じました。
こどもがいるからこそ、私自身も成長させてもらっている。その気持ちを忘れず、これからも「山崎ちゃん」 として、こどもたちと向き合っていきたいと思います。
田中:今日は楽しい時間をありがとうございました。
こどもたちが「施設にいてよかった」と思える環境をつくること。そして、その環境を支えるこの領域が、もっと働きやすいものになること。私も自分の立場から、できることを続けていきたいと思います。

(執筆:田中れいか/カメラマン:まちとしごと総合研究所)
▷後編:「生活が与えるケア」を語る|京都開催「虐待のない社会を共に創造したい」イベントレポート



