児童養護施設退所者が就職後に待ち受ける困難

今回は、前回の記事でお伝えさせていただいた、児童養護施設退所者の多くが進む進路、「高卒での就職」についてまとめていきたいと思います。

一般的にみても、高卒では大卒者より生涯年収が4,600万円低くなるという統計的なデータがあります。(日経新聞社マネー研究所(2017))

しかし、児童養護施設退所者はそれだけではなく、平均よりも「高い非正規雇用率・離職率」となっているなど、より厳しい状況に立たされています。

世の中には、この様な施設出身の子どもたちを含めた貧困問題に対して、自己責任論をお持ちの方が一定数いらっしゃるのは、わたしも存じています。

しかし、統計的にそうなるのであれば、すでにそれは個人の努力云々では解決できない環境的な課題ではないでしょうか。

今回は、児童養護施設退所がなぜ18歳で就職の道を選ぶのか。また、なぜ「高い非正規雇用率・離職率」になってしまうかの要因についてと、それでも社会では自己責任論を超えた支援の輪が広がりを見せているというお話をさせていただきたいと思います。


なぜ高卒で就職するのか(前回のおさらい)

前回の記事で進学を諦めてしまう要因について「お金」と「学力」のハードルがあるということをお伝えしました。

お金のハードル

お金のハードルについて、施設職員さんはこのように言っていました。

施設の職員さん
施設の職員さん

進学するには多くの学費が必要であり、奨学金制度もずいぶん増えましたがそれだけで賄うことは難しいのが現状です。借金を背負ってまで進学する気概のある子がいないのも実情です。どうしても進学したいという強い思いがないと、卒業することも難しいのです。」

学力のハードル

次に、学力のハードルについて。

全体的に児童養護施設の子どもたちの学力は低い傾向がある。学力面で自信をなくし、また、それが原因で 学校等での不適応が生じることもある。学業や進学への関心も低く、将来の希望職種も、高い学力が要求され る職業を希望する割合が少ない。

角野雅彦「社会的自立に向けた施設養護の現状及び課題の考察」2019)

前回の記事では上記の論文をご紹介させていただきました。


現在は、大学全入時代と言われ、夢や学びたい学問がなくてもとりあえず大学へ進学するというのは、よくある話だと思います。

しかし、児童養護施設の子どもたちは、お金や学力の問題から、「とりあえず」のさきにある選択肢が就職に限られてしまうのです

高い「非正規雇用率」と「離職率」

15~24 歳の雇用者(在学中を除く)のうち、「非正規の職員・従業員」は 29.8% となっている(平成 27 年度労働力調査(総務省統計局、詳細集計 II-A第二表))のに対して、児童養護施設退所者の非正規雇用の割合は 46.8%と高い非正規雇用率となっています。


そして、母数が東京都の児童養護施設に限られますが、約8割の人が施設退所後に就いた仕事を3年以内に離職しているというデータもあります。


 冒頭でも記載しましたが、ただでさえ高卒ということで生涯賃金が大卒者と比べて低くなる可能性が高いにも関わらず、このような高い「非正規雇用率」と「離職率」は、高卒就職者のなかでも児童養護施設退所者の生涯賃金を相対的に悪化させます。

 また、それだけではなく、一度就職で失敗してしまった経験を持つと、就職に対するトラウマを抱えることとなり、アルバイトなどで食いつなぐような状況に陥ることもあるのではないでしょうか。

田中れいか
田中れいか

実際に施設をでて就職した子で、「早くて1ヶ月、頑張って3ヶ月で就職した先を辞めてしまった」という事例を聞いたことがあります。


いずれにせよ、このような状況は本当に当人たちにすべて問題がある自己責任なのでしょうか。

ここからは、「高い非正規雇用率」と「離職率」の要因について考えていきたいと思います。

要因1|とりあえず就職問題


児童養護施設は基本18歳になると退所しなくてはいけません。

施設を退所したあと、人によって状況は異なりますが、多くの子が帰る家もなければ、仕送りをくれるような親もいないなか、ひとり暮らしを余儀なくされます。施設をでれば一人暮らしをして、生活費は自分で稼がなくてはいけません。

そんな何の後ろ盾もない状態で、みなさんは素直に進学の道を選べると思いますか?

そうすると自動的に、高校卒業時に最も選択肢として挙がりやすいのが就職であるということがお分かりいただけると思います。

前向きにやりたいことがあって、高卒で就職するのであればなんの問題もないと思います。

しかし、児童養護施設の子どもたちは明確な目標や夢をもつ前に、「施設を出なくてはいけない」という理由から「とりあえず就職」という進路を選ぶことになります。

もともと、高卒就職での課題は、生涯年収だけではなく、「一人一社制」や「学歴の壁」によって就職先の選択が大きく制限されている点にもあります。

そのような状況がゆえに、自分のやりたいことやあっているかどうかよりも、「とりあえず」の感覚で就職してしまうのではないでしょうか。

 そして、そのような状況でみつかる仕事は派遣などの非正規雇用が多く、当然長く続けられるはずもなく、3年で8割が辞めてしまうという結果につながるのではないでしょうか。

要因2|ソーシャルスキルの課題


児童養護施設を退所した子どもたちの自立に立ちはだかる困難の一つに、ソーシャルスキルの課題があります。

 施設出身の子どもたちは施設を出て初めて社会と向き合うことになります。みなさんは社会人として必要なマナーや礼儀をどこで教わりましたか?

例えば、お葬式や結婚式でのマナー。出席する前にもちろんウェブで検索する人も多いと思いますが、親御さんに確認される方も多いのではないでしょうか?

お気づきになられたと思いますが、施設出身の子どもたちは両親や周りに相談することが極めて難しい環境にあります。

以前対談させていただいた大阪児童福祉事業協会の方がこのようなことを言っていました。

たしかに私たち支援者もびっくりするようなことを知らない子もいますね。以前、施設を出て就職した子から「香典袋はどこで買うのか」と相談を受けたんです。上司のお母さまのご葬儀だったようで、コンビニで買って金額は先輩と相談しなさいと教えたのですが、なんと紅白の水引がついたご祝儀袋を買っていってしまった。お香典のことは分かっていながら、封筒に慶弔の種類があることは知らなったんですね。

―中略―

自分の中に「施設で育った」という劣等感がどこかにあって、自信がない子もいます。だから、社会に出てビジネスマナーや一般常識でいったんつまずいてしまうと、立ち直れないことが多い。
さっき話した、葬儀でご祝儀袋を出してしまった子は、その件をきっかけに会社を辞めてしまったんです。

児童養護施設を出た子どもたちに、一番必要な力

「このような、些細なことで会社を辞めてしまうなんて。。。」と思われる方も多いと思います。

しかし、これが現実であり、日本社会において身寄りのない若者たちが18歳で社会的に完全に自立するということの難しさを表しているのです。

支援の広がり

さて、ここからは、そのような状況を打破すべく、自己責任論にとらわれることなく取り組まれている支援についてご紹介したいと思います。

1)民間による就労支援

わたしの周りでも一般社団法事にゃNPO法人での活動を通じて、就労支援を行なっている団体があります。

ステップ就職

ボーダレスキャリア株式会社は『いかなる境遇でも、誰もが働きやすい社会をつくる』というビジョンを掲げ、児童養護施設出身者や社会的養護の子どもたちを含む、離職を繰り返す若者の問題解決に取り組んでいます。

まだまだたくさんありますが、了承の取れた団体のみ、追記していきたいと思います。

2)ソーシャルスキルトレーニング

大阪府「ソーシャルスキルトレーニング」

先ほど対談の様子をご紹介させていただいた大阪児童福祉事業協会では、全国に先駆け、ソーシャルスキルトレーニングを実施しています。

目的児童福祉施設の入所児童が、卒園後自立して社会生活をしていく上で必要な知識や法律、社会常識などを学び、生活技能を体得していくため

対象大阪府下の児童福祉施設入所中で、来春施設を出て就職する予定の児童及びそれに備えた児童(中学校3年生、高校1年生~3年生、特別支援学校生、職業能力開発校生)、里親委託児童、施設職員

「これは役に立ちそう!」というプログラムがたくさん盛り込まれています。詳細は下記サイトをご覧いただければと思います。

3)ガイドブックの配布

京都市「船出のためのナビ」

京都市では児童養護施設等を退所する人の多くが、退所後に生活していくうえで分からないことが多くあることから、社会生活を送るうえで必要な知識等を身に付けるとともに、自立に向けてどのような施策があるのかを知ってもらうために、マンガ形式のハンドブックを作成し、インターネット上で公開しています。

認定NPO法人ブリッジフォースマイル
「ひとり暮らしハンドブック」

高校卒業と同時に社会へ出なければならない子どもたちに対し、社会に潜む危険や、引越しの手続きなど、すぐに役立つ知識やスキルがつまった、イラスト付きのわかりやすいハンドブックです。

まとめ

  • 児童養護施設退所者の非正規雇用の割合は 46.8%と高い水準
  • 施設を出た若者のおよそ8割が就職後3年以内に離職しているというデータがあり
  • その原因は「とりあえず就職」と「ソーシャルスキルの欠如」が関係
  • しかし、自己責任論を超えた支援が広がりを見せる

いかがでしたでしょうか?
今回は就職後に待ち受ける困難について解説させていただきました。

非正規雇用・離職率、そしてソーシャルスキルについても、精神的に幼くして自立を余儀なくされるから故に起きる課題が多く、根本的に解決するためには、やはり大学への進学率を上げること、また、それに準ずるプログラムが必要であるとわたしは感じています。

すこしでも誤解ないよう皆様に内容が伝わっていれば幸いです。

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1 COMMENT

斎藤真一

とても良い記事でした。

誤字を見つけましたので、記事の修正をお願い致します。

わたしの周りでも一般社団法事にゃNPO法人での活動を通じて、就労支援を行なっている団体があります。

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